稲荷山の頂へと続く参道。職人さんたちは鳥居の部材を一つひとつ担いで、この石段を上がり、人力で組み上げます。
全国に約3万社あるといわれる“お稲荷さん”の総本宮、伏見稲荷大社。和銅4年(711)の初午の日に稲荷大神が稲荷山に御鎮座されたという由緒から、毎年2月には初午大祭が行われ、いつもに増して多くの参拝者で賑わいます。
伏見稲荷大社を象徴するのは、稲荷山頂への参道に連なる朱の鳥居。これらは、お稲荷さんへの願い事が“通る”ことを祈り、また“通った”ことを感謝して、古くから幾多の人々が奉納してきたものです。総数は約1万基、毎年200基以上が新たに奉納されるという鳥居の多くを手がけるのが、伏見稲荷大社の御用達宮大工である長谷川工務店です。
「鳥居を奉納される方々のお気持ちに寄り添いながら、当家も代々仕事をさせてもらってきました」と語るのは、当主の長谷川實さん。まだ36歳の若さです。「先代である父はまだ60代ですが、父が元気なうちに代替わりして仕事を覚えた方がいいということで、2年前、26代目を継ぎました」。創業年は明らかではありませんが、工房に残る宝暦11年(1762)の記録よりも遙かに昔から、神に捧げる匠の技を受け継いできたのだそうです。
鳥居を建てる際は、工房で一つひとつ部材を作り、それらを境内へ運んで組み立てます。「お山(= 伏見稲荷大社境内)には重機が入りませんから、運ぶのも建てるのも、ほとんど人力です」と長谷川さん。鳥居の大きさは柱の太さに応じて号数で表現されますが、人が通ることができる最小サイズは5号。それでも柱1本の重さは約60キロもあります。繊細な技とともに強靭な体力が求められる仕事で、なるほど長谷川さんをはじめ工房の職人さんたちは、ほれぼれするほど立派な体格です。
鳥居の鮮やかな朱色は、光明丹(こうみょうたん)という伝統的な顔料。丁寧に重ね塗りをすることで、防虫や腐食防止の効果も発揮します。また、地面に埋まる部分は焼き入れをして炭化させ、長持ちさせる工夫もしています。「それでも5号でだいたい持って7〜8年ですね。神社に奉納される鳥居は、いつか自然に帰って循環していきます。朽ちたら、また志のある方が新しく奉納されて、お山全体に“朱の回廊”が巡る景観が何十年、何百年と保たれていくわけです」
人が想いをこめて奉納する鳥居。その下を通る人もまた、自然に神妙な気持ちになります。その心を受け止め、未来につないでいこうとする強い気持ちが、職人気質の根底を支えています。
杉の丸太を八角形、十六角形と徐々に削っていき、最後は丁寧に丸鉋をかけて真円に仕上げます。
生命力を象徴し、魔力を除ける力を持つとされる「光明丹」で5回の重ね塗りを施し、色の深みと輝きを生み出します。
奉納者名や日付を丹念に彫刻。下絵と、最後の墨入れ作業は、当主の仕事です。
Information
長谷川工務店
京都市東山区本町22丁目508
TEL:075(561)2013
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