麻の緒を縒り合わせる時に使うさる≠ヘ、何代にもわたって小田商店に受け継がれてきた匠の道具。
ここは真苧屋町(まおやちょう)。“苧”は“麻”を意味し、麻を扱う店が集まる地域でした。小田商店の作業場の麻の束からは少し酸っぱい香りがしますが、これがまさしく“麻苧(あさお)”。手間ひまをかけて薄くなめした、麻の茎の皮の繊維です。
「昔から麻は神さんごと≠ノ使う神聖なもんです。葉はいわゆる大麻で、幻覚を起こす作用があった。昔はその作用で神さんに接していたといわれていて、おそらくその名残やろね。」そう語るのは、150年以上続く小田商店の七代目小田英一さん。神社の懸鈴(かけすず)を鳴らすための「鈴緒」を製作し、北野天満宮や八坂神社、伏見稲荷大社など、名だたる神社に納めてきました。
「子供の時分から親父を手伝ううち、自分があとを継ぐんだろうなと自然に感じていました。長く続く商売をしている店の子は皆同じでしょうが、なくしてしまうのは惜しいという思いもあって」。その“親父”こと六代目は、偉大なアイデアマンでもありました。鈴緒の芯となる麻縄は、六代目が考案したオリジナル。鈴緒は、麻縄の芯に木綿の布を巻き、その上から麻苧を丁寧に巻き付けたものを3本または5本、縒(よ)り合わせて作りますが、縒り合わせる際に使う製縄機も六代目が設計図から手掛けたものだそうです。「麻を縒るには力が要りますが、親父の製縄機のおかげで1人でも作業できるようになりましたね。このさる=i縒りを調整するための道具)なんかは何代前かもわからない昔からずっと使ってますよ。ほんま、よぅ長持ちしてくれてます」。
気候や土壌によって具合が変わるという麻を、均一な太さで巻き、程よい加減に縒り合わせるのは、経験と勘がすべて。使用するのは野州麻(やしゅうあさ)という品種の麻です。手触りが良く丈夫で、巻きつけていくうちにしっとりとしたツヤが出ます。昔は日本各地で麻が栽培されていましたが、大麻取締法の施行後、国内の産地はずいぶん減ってしまいました。
「今使っている麻は無毒化されてますけど、私の次の代の頃には、材料の麻がどうなっているか分かりません。やれるだけやって、あとは息子の意思に委ねようかと。これまで通り、その時代の流れに任せればええと思(おも)てます」と小田さんに気負いはありません。
ただ無心に麻を巻き、丁寧に固く縒り合わせていくだけ。そんな小田さんの鈴緒だからこそ、鳴らす人の思いが“神さん”に真っ直ぐに届くのかもしれません。 |
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「どんなに忙しい時でも、注文をいただいた分しか材料を発注しません。麻は生き物やし、長く置いといて傷んでしもたらあかんからね。」
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