陽光が射す東山の峰々は青、群青、ときには縹(はなだ)色に染まり、遠目に眺める菜の花畑は、一面の黄と萌黄(もえぎ)色…。長かった冬が終わり、京に彩りの季節がまた訪れました。感受性の豊かさからか、言語感覚が豊富なのか、日本の文化には、彩りを表現する言葉が数多くあります。その豊富な彩りを、芸術の世界に表現するのが日本画です。 「自然のなかにある貴重な鉱物、植物、貝など、さまざまな材料を砕き、あるいは煎じて絵の具にし、にかわを使って紙や絹などに描くのが日本画です。絵の具の荒さ、こまやかさによっても彩りは変化し、絵の具を塗り重ねる西洋の油彩画には見られない、美しい発色が特長なんですよ」。そう語るのは、烏丸二条にある絵の具の老舗「放光堂(ほうこうどう)」のご主人、石田憲弘(のりひろ)さんです。 お店の棚の上には、絵の具の原料となる青や緑の鉱物が置かれ、砕いて白い絵の具=胡粉(ごふん)を作る大きな牡蠣(かき)の貝殻も見られます。見た目からは想像もつかない自然の素材から、新たなモノを作り出す…。そんな不思議な発想は、昔、近くの二条通りの数多く見られた生薬商にも似た、“和の博物学”といったところでしょうか。 「昔の絵の具屋といえば、皆自分の店の裏で石や土を砕いて作り、その絵の具を店頭に並べていました。現在では工場生産された出来合いの絵の具を並べるお店が一般的になってしまい、うちの様に昔の形を続けている店は数少なくなりました」。胡粉にする貝殻一つにしても、上蓋と下蓋では出来る色合いが異なり、上質のものにこだわって幾年もかけてアクを抜く。そんな手間と時間をかけて、絵の具が作られているとは…。 しかも、工業製品と大きく異なっているのは、偶然、いや、地球の悠久の歴史が生み出す“時のいたずら”に大きく左右されることです。 「銅鉱山の採掘現場からひょこっと出てきた青色の鉱物を持って、“これ、絵の具にならんやろか?”と持ちこまれることもあります。大正12年の関東大震災の時、火災で焼け落ちた倉庫から舶来の緑青が見つかり、真っ黒ななかにわずかに黄味を帯びた青い色が残っていたんだそうです。それを絵の具にして“震災緑青”と名付けられました」。いつでも、どこでも均一の製品を作り出すことを求められる工業製品には無い、不思議な縁が創りだす再現不可能な色との出会い。 この春、放光堂の扉を開けて、和の彩りの世界へ踏み入れてみませんか?