張る
陽春の祇園に響く「三味線」

今井三絃店


四条の橋から灯が一つ見ゆる、
     灯が一つ見ゆる、あれは〜


 このあと、よく知られたくだりがあるんですがぁ…。祇園で遊蕩した大石内蔵助が作ったと伝わる小唄です。 小唄に限らず、長唄、端唄(はうた)、常磐津、浄瑠璃、元禄のころから伝わる邦楽に欠かせないのが、三味線。花街の春の興行をまぢかにして、一軒の三味線屋さんをお訪ねしました。
 今では、日本でも数えるばかりとなった三味線の職商人(しょくあきんど)の店。つまり、自ら作り自ら商うという流儀を守っている「今井三絃店」。お店の奥からは、調弦中の三味線の音色が響いてきます。狭い店の間で、胴に皮を張っているのは、三代目の今井善一さんです。
 「祇園の芸妓さんたちが弾く『柳川』という三味線から浄瑠璃の太棹まで、三味線やったら何でも作ります」と語る今井さんの脇には、大きさもさまざまな鉋(かんな)やノミが並んでいます。この工具の多くも、三味線の工程に合わせて今井さんが作られたものだそうです。三味線作りの工程は木工、金工と実に多岐にわたり、限られた空間でそれを実現していく店の間は、バイオリンの名工ストラディバリの工房といったところ。
 ちょっと油断しても破れてしまうという猫の皮を、もち米のノリで胴に張っていく。「昔は、三毛や黒毛のノラ猫の皮が丈夫で重宝したんですが、最近は輸入に頼らなあきません。バチの素材も、象牙の根元の太いところが極上なんですが、なかなか入手できなくなりました」。もとより動物の生命を護ることは大切ですが、その生命のこもった三味線であればこそ、名工の技と名人の演奏にめぐり合った時、人々の魂にまで響く音色になるのでしょう。
 おっと、話が重くなりかけましたが気を取り直して、京の街に春を告げる『都をどり』は、4月1日から30日まで祇園甲部歌舞練場で。ヨーイヤサーのかけ声とともに、今井さんの手による三味線が響きます。


  今井三絃店 今井善一さん
今井三絃店 今井善一さん
「人間国宝というような名手が、私の手がけた三味線を弾いてくれはる。その音色は、もちろん弾手の腕によるところが大きいでしょうが、やっぱり作り手として嬉しいもんですなぁ」。

今井三絃店
 
今井三絃店
京都市東山区八坂鳥居前下る下河原町476
TEL 075(561)3682