樹齢を重ねた木々が生い茂る吉田山の清閑な地に、千百数十年の時の流れを刻む吉田神社。この古社が参詣客で最も賑わうのは寒さ厳しい節分祭の日です。
 「吉田神社は奈良の春日大社の神様を勧進し、平安京を護る神様として都の鬼門、東北に創建されたんですよ」と語るのは、澤井隆男宮司。
 「都を護る吉田神社に節分詣りの風習が始まったのは室町時代からです」。なぜ室町時代から始まったのでしょう。「古文書の研究をしていますと、雅びやかな平安時代とか、経済が活発だった江戸時代の文書と比べ、室町時代の文書の紙は質が悪いんです。戦乱が続き、経済的にも苦しい時代だったんですね。そして当時は人々の最も恐れる疫病が蔓延していました。節分の鬼は、祝詞(のりと)には病神と書かれています。その病神に人間の住む都から、清らかな野に移り住んで貰うように祈り、立春を寿ぐのが節分祭なんです」。
 現在、吉田神社の節分祭には赤・青・黄の鬼が現われます。しかし、かつては鬼は登場しませんでした。人の目には見えない病いや苦しみ、哀しみや苦悩が鬼の正体。目に見えないからこそ当時の人々は一層恐れたことでしょう。
 「楯と鉾を持って四隅を浄める方相氏も、四つ目の鬼なんです。しかし、節分祭で鬼を祓いながら、やがて神になっていくんですよ」。かつては禁裏の下級官吏が、節分祭の方相氏の役を勤めました。今も続くその神事のなかに、奉行として見守る澤井宮司は、方相氏が神と化していく様を見るといいます。
 節分祭が終われば立春。古都の節分祭は一足早い春の足音を心に感じつつ、歴史の裏に秘められた人々の想いと出会える神事です。

「ふつうのサラリーマンになりたくなかったから…」と、大学を選ぶ時から神職の道を志した澤井さん。少年時代からの趣味はなんと天体観測。古い伝統を持つ吉田神道、陰陽道、そして宇宙へと広い知識を興味深く語られます。


 

吉田神社
京都市左京区吉田神楽岡町30
TEL 075(771)3788